中国一人旅・西安編

中国はこのニュースではちきれていた。
中国王朝の歴史である。少数民族である北方民族に何度も征服されている。
BC2000 夏
BC1600 殷
BC1200 周
BC700 春秋時代
BC400 戦国時代
BC221 秦
BC206 前漢
※匈奴(最盛期は中国北部からモンゴルまでを領土とした)
AD25 後漢 黄巾の乱
AD220 三国時代
AD265 晋
五胡十六国時代
AD439 南北朝(北魏は鮮卑族)
※突厥(最盛期は満州から中国北部を経てアラル海までを領土とした)
AD581 隋(鮮卑族)
AD618 唐(鮮卑族) 黄巣の乱
AD907 五代十国時代
AD960 宋(漢民族)
※遼(契丹族)、金(女真族)
AD1271 元(モンゴル族) 紅巾党などの反乱
AD1368 明(漢民族)李自成率いる農民反乱
AD1644 清(満州族)
AD1912 中華民国
AD1949 中華人民共和国
北方民族:匈奴、鮮卑族、突厥族、契丹族、女真族、モンゴル族、満州族など
BC4世紀からAD93年まで北方民族の元祖でもある匈奴の国家が存在した。
匈奴は文字を持たない民族だった。匈奴は一家の長が死ぬと後継者が生母以外の妃たちを受け継ぐ習慣があった。これは他の遊牧民族(北方民族)共通である。そして戦でも敵の男は皆殺しにしても女は殺さなかった。唐の皇帝(高宗)が先代(太宗)の女(後の武則天)を後宮に入れたのも遊牧民族を祖先に持つからだと言われている。
西安(近郊の咸陽含む)はかつて長安と言われ、中国の歴代王朝(秦、漢、隋、唐)の都として栄えた。
西安には歴史上有名な女性が3人存在した。1人目は呂后(漢の高祖劉邦の皇后)で、二人目は中国史上唯一の女帝となった武則天(唐の2代皇帝太宗の時代に後宮に入り、3代皇帝高宗のときに皇后となった。則天武后とも呼ばれる)、3人目は楊貴妃(玄宗皇帝の皇妃だが、最初は玄宗の息子の妃だった。それを玄宗が奪った)である。呂后と武則天は中国3大悪女の中の二人で、楊貴妃は世界3大美人の一人である。3人とも実に興味深い人生を送っている。中でも武則天はすさまじい。権力を掴み、そして守るために息子、娘、孫、甥など親族も大量に処刑している。高宗の前の皇后、妃などは手足切断のあと、骨まで酔わせてやると言って酒壺に投げ込んで殺している。世界一の悪女と言ってもいいだろう。
でもやはり中国は深い。
とにかく歴史は凄い。
初日は始皇帝の兵馬俑を見学。度肝を抜かされた。 2200年以上も昔にこれだけの一大事業をやったのである。当時の人口は2000万人と言われている。さらに万里の長城も築いた。よほど強大な権力を持っていないと絶対にできない大事業である。
西安近郊にある始皇帝の兵馬俑を見学。世界遺産。

現在発掘されているだけで2000体の兵馬俑。すべて発掘すると8000体になるらしい。

2200年も昔に造り、長い間発見されないでいた。1974年に井戸を掘っていた農民によって偶然発見された。

始皇帝が使った馬車

発掘直後はこのように色が残っていたが、外気に触れると数時間で色は消滅した。

華清池にある楊貴妃像。楊貴妃はもともと玄宗皇帝の息子の妃だったが玄宗の愛妃となった。

明代の城壁は高さ12メートルで全長14キロもある。

大雁塔(慈恩寺)。西遊記で有名な三蔵法師ゆかりの寺。

ここでは日本語の上手な人が入口からずっと案内してくれる。なんとガイド料は無料です。いろいろ案内した後に文化大革命のときに一人で寺を守ったという11年前に亡くなった普慈館長のお墓に案内された。そして館長のこと、さらに現館長の増勤さんのこともいろいろ聞かされた。聞いているうちに「素晴らしい人ですね」と洗脳されてしまう。さらに天皇陛下、海部総理など日本の要人が来たとか、掛け軸を送ったとか・・・。
そしてある部屋に通される。通されたあとにすぐ入口の扉は閉められた。そこには書道の大家と言われる普慈法師、増勤法師の手書きの掛け軸が展示されている。なんでも傾いた大雁塔の修復や貧しい人たちへの寄付を集めているので掛け軸を買ってくれますかと言われた。今は特別展示で、今しか買えませんと言われた。48000円ですよ。とっても安いですよ。こんな値段では2度と買えませんよなどなど。これで日本語上手な若いオネーちゃんのガイドが無料なのがわかった。まさしくお寺がやっている詐欺まがいの商売である。
ホテルに戻ってインターネットで調べると4年も前から、同じ方法でずっと掛け軸を売っていたのがわかった。何が期間限定の特別展示だよ。そして多くの日本人が買っていることもわかった。普慈さんは11年前に亡くなっている。そんなに売るほど掛け軸に書いていたのか???しかも鑑定書まで付けるそうだ。その鑑定書も怪しい。
まぁ信じる者は救われるですからあまり言わずにいた方がいいのかな?
こんな寺になって三蔵法師も嘆いていると思いますが・・・
北京もそうだったが、西安市内も大渋滞。交差点はどちらも強引に入ってくるので特にひどい。

強引な割り込み、そして譲らない運転なので事故はあちこちで見かけた。

五丈原にある諸葛亮孔明の墓。この地で病没した。

西安の西、宝鶏近郊にある太公望ゆかりの釣魚台。

※太公望:周の時代、文王と武王に仕えた軍師。本名は姜子牙で姜太公と呼ばれた。
西安近くの釣堀で釣ったテラピア。

同じく釣堀で釣ったピラニア。どれも原産地は中国ではないような・・・

俺が世界のあちこちで釣った大物写真を見せてあげたらビックリでした。

定陵は前漢の第7代皇帝武帝の陵墓。

武帝時代の英雄、霍去病の墓は定陵のすぐ隣にある。

唐の第7代皇帝玄宗の愛妃楊貴妃の墓。かつては土を盛っただけの墓だったが、土に美容効果があるとされ、多くの人が土を持ち帰り、土は瞬く間に減ってしまった。そのため現在の楊貴妃墓はブロックで固められている。

利用したタクシーは1日チャーターで500元(約7000円)。

永泰公主墓。則天武后の孫娘だが逆鱗に触れ殺されてしまった。

乾陵。唐の第3代皇帝高宗と中国で唯一の女帝となった則天武后の墓。

首を切り落とされた六十一幕臣の像。

則天武后の無字碑。建てられた当時は何も刻まれていなかった。自分の功績は文字で表すことは出来ないという説、功績は後の人々が決めるという説などさまざまな説がある。則天武后は多くの皇族、親族、家臣を処刑している(死刑、自害、殺害など)。

西安で泊まったのはカナンインターナショナル。ちょっと古いがインターネットは無料で1泊2900円とリーズナブル。

中国一人旅が終了して一言
日本はつくづく良い国だと思った。そして日本人は中国人よりはるかに優秀である。
そんな日本が実力を発揮できないでいるのは何故?
それはあまりにも程度の低い政治だろう。
毎年総理大臣が代わるのは大問題。各大臣となると1年に2回も3回も代わったりする。こんなに短期間で何がやれるのだよ?
真剣に国の未来を考えて10年後、100年後を見据えた政治をやりなさい!