2021/09/18

連載3 太平洋クロマグロは増えているか(後編)

クロマグロの水揚げが激減、沿岸マグロ漁師の叫び!

2016年4月、まずは1本釣りクロマグロの西の代表「壱岐島」でマグロサミットが開かれた。
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ただし、沿岸漁師がどんなに叫んでも国はほとんど動かなかった。水産庁はまき網を擁護する発言を繰り返した。


2016年7月、日本海側のまき網が集結する鳥取県の「境港」を訪れた。
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毎年10トンくらいのクロマグロの卵が養殖の餌となる。
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境港のまき網関係者との話し合いは2時間に及んだ。境港側からはまき網会社の社長、山陰旋網組合、境港水産振興協会、県の水産課、県の水産試験場などなど18名が出席した。
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まき網の動き
2015年日本海のまき網は自主規制枠を1800トンに減らす
2016年まき網は個別割り当てを特定期間開始
2017年共和水産(ニッスイグループ)がまき網で獲ったクロマグロを畜養に移し始める。
2018年日本海のまき網は自主規制枠を1500トンまで減らす。


農林水産省も訪問。※水産庁は農林水産省の管轄。
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水産庁側からは審議官とマグロ資源グループ長が出席した。
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公益財団法人「水産研究教育機構」の宮原理事長とも対談した。
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青森県の深浦漁協をクロマグロ釣り第一人者の佐藤偉知郎と訪問。山本組合長と対談した。
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ISC議長のジェラルドさんはいつも良いお話をしてくれた。俺の発言の理解者でもあった。
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海外の研究者にはいつも励まされた。PEWの代表、モントレーベイ水族館の研究者など。
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そのころ、大西洋クロマグロは厳しい管理が進んでいた。
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2010年ごろから東大西洋のクロマグロは一気に資源が回復する。急激に回復した原因はまき網を大幅に規制したことである。まき網の漁獲は2007年は48994トンあったが、2008年から厳しい管理が始まり、2011年には4293トンにまで減っている。
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そして大西洋は資源が急激に回復した。
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ところが太平洋クロマグロはなかなか資源が増えない。資源回復計画は国際会議で決議され、2014年から規制は始まっているのだが。

その理由の一つとして投棄と無報告があげられる。

まき網の海上投棄の噂は延々と絶えない。捨てているのは確実だろう。その理由は大西洋ではまき網にオブザーバーの乗船が義務付けられているが、日本のまき網は頑なに拒否してオブザーバーどころか水産庁も乗せない。悪いことをやってないなら拒否する理由は無いのだ。

定置網はいったん水揚げしたクロマグロを計量後に放流するなど投棄というべき事件が相次いだ。
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バカバカしい景色。一度陸揚げしたマグロを放流しても生き返らない。
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北海道の南茅部漁協は枠の10倍以上も水揚げしてしまい大問題となった。
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はえ縄も数量管理が始まってからはいったん船に上げて尻尾を切り、脂がのってないマグロは海へ捨てて、良質のマグロだけ水揚げするということが日常茶飯事的に行われるようになった。

無報告の噂も後を絶たない。ある漁協では無報告の漁獲の方がはるかに多いらしい。県もわかっているが、見て見ぬふりと聞く。これらの話は現役のマグロ漁師から聞いた。


親魚資源量の増加速度は大西洋に比べるとはるかに遅い。
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まあ、それでも緩やかであるが資源は回復していった。

そして日本のあちこちでクロマグロのナブラが見られるようになった。
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資源が回復すると、それを狙う釣り人と釣り船が一気に増えた。地方の経済へ大きく貢献するようになった。

船が増えすぎて、停泊場所が全く足らなくなった。
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津軽海峡はクロマグロ釣りのメッカとなった。
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水産庁の予測では2021年は親魚資源量は7万トン前後まで回復している。これは1970年以降では一番多い資源量だ。
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国際自然保護連合(IUCN)は9月4日、絶滅の恐れのある生物を記載した最新のレッドリストを公表した。絶滅危惧種に分類されていた太平洋クロマグロを「準絶滅危惧」に、大西洋クロマグロを絶滅の可能性が低い「低懸念」にそれぞれ危機のランクを引き下げた。

ここで勘違いしないでほしいのは太平洋クロマグロと大西洋クロマグロは増えたのは事実だが、その増えた量は大西洋の方がはるかに多いということだ。

親魚資源量(2018年)
太平洋クロマグロ 推定28,000トン
大西洋クロマグロ 推定500,000トン

太平洋クロマグロはまだまだ予断を許さない。遊漁の管理も当然だが、それよりもはるかに漁獲の多い漁業の管理は、密漁、無報告を無くすために今以上に厳しくしなくてはならない。


2021/09/14

連載2 太平洋クロマグロは増えているか(前編)

漁業が無かった時代にどれだけ資源があったのかを科学機関が計算して弾き出した推定資源量のことを初期資源量と言う。太平洋クロマグロの成魚の初期資源量は推定65万トンである。その初期資源量だが長年続く乱獲が原因で2010年代には11,000トン(1.8パーセント)にまで減少する。資源管理先進国ならとうの昔に禁漁のレベルである。

日本のクロマグロ漁は縄文時代初期には始まっていた。おそらく湾内に入ってきたところを浅瀬に追い込んで銛で突き刺して獲っていたと思うが証拠はない。三陸海岸では今から5500年前の縄文時代中期の遺跡からクロマグロの骨が大量に出土している。その中には300キロを超すような大型の骨もたくさんあった。
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鉄もナイロンもエンジンも無い時代にたくさん獲れていたということは海が今よりもはるかに豊かだったのだろう。
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三陸海岸の縄文時代の遺跡は東日本大震災後に海抜30メートル前後のところで次々と発見された。おそらく縄文時代の人は津波が来ることを知っていたのだろう。
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三陸海岸はリアス式海岸となっていて入り江が多い複雑な地形となっている。資源が現在よりはるかに多かった縄文時代はこの入り江の中にまでクロマグロが入ってきたのだろう。
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これは唐津城に展示されていた江戸時代のマグロ漁。当時は岸近くを回遊するクロマグロも多く、このよう囲んで浅瀬に追い込む漁もあった。
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これは駿河湾の沼津のマグロ漁。明治40年ころもまだまだクロマグロは多かったらしい。
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日本漁業史(東大出版会)には明治30年ころから乱獲が進み、漁場は沿岸から沖合へ移っていったと書かれている。明治24年は520万貫(約2万トン)の漁獲があった。これは主にクロマグロとキハダの漁獲らしい。
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明治40年ころには動力付きの船が現れはじめ、さらに大型のまき網が現れるとクロマグロの資源は急激に減少していった。

1982年の日本海のまき網漁では、わずか18回の出漁、しかも山陰沖の一部だけで1637トンのクロマグロを水揚げしている。平均サイズも121キロと驚くことばかりだった。しかし5年も経たないうちに日本海からクロマグロはほとんど姿を消した。そして漁場は太平洋側へと移っていった。
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その太平洋もまき網の乱獲が進み、2000年代に入ると漁獲は急激に減少していき、2008年にはついに漁獲は0トンとなった。これは群れが見つからないので出漁そのものを取りやめたらしい。

そしてまき網は再び日本海側を狙い始める。その漁獲は2004年から一気に増えている。すると壱岐や萩のマグロ漁師の漁獲がどんどん減っていった。主要な産卵場でもあった八里ヶ瀬や七里ヶ曽根などをまき網が狙い撃ちした結果だった。

かつては東の大間、西の勝本(壱岐)と言われたが、まき網が日本海に現れるようになると壱岐の漁獲は急激に減っていった。
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和歌山の那智勝浦の延縄も2000年代に入り、漁獲は急激に減っていった。
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日本海側のまき網はほとんど境港に運んで水揚げする。その境港の成熟(大型)クロマグロの漁獲も減少していった。平均サイズも100キロ台から30キロ台にまで小型化した。
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まき網は産卵期を集中的に狙った。その理由は産卵期は群れが濃くなり、もっとも効率よく獲れるからだ。産卵行動中はさらにまとまるので最も簡単に巻くことができた。
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ただし、産卵期は一番美味しくない時期である。卵や白子に養分を取られるので脂は少ない。さらに血抜きも〆もしないので、身には血が残り、血栓が多かった。そのため数日で色変わりしてしまう。
市場ではまき網のクロマグロが並ぶ床はいつも血で真っ赤になった。
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まき網の漁獲は6月7月に集中するため、値崩れを起こし、さらにセリでは大半が売れ残る。このような資源の無駄遣いはいまだに続いている。
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産地の境港では2016年7月に安値キロ200円、平均単価キロ384円を記録した。

太平洋側のまき網は2008年には群れが見つからず漁獲は0トンとなった。その後、しばらく狙わなかったことが幸いして資源は回復へと転じる。
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日本海は2004年からまき網の漁獲が急激に増えていき、山陰から九州西沖は2010年ごろにはクロマグロはほとんど姿を消した。しかし2013年ごろに山形と新潟にかけての沖に3歳前後のマグロが集まる漁場を発見して、再び漁獲は増加するが、2015年から自主規制を開始する。最初1800トンとして、2018年から1500トンに自主規制している。

そして釣り人にとっては、2008年ころから青森や玄界灘へ行っても坊主で帰るのが当たり前の暗黒時代に突入した。

そんなとき、海外へ行く釣り人が現れた。日本で100キロのクロマグロを釣ろうと思えば数百万円以上かかる時代だった。釣りに使ったお金をキロ単価にすると軽く5万円以上になった。ところが海外(アメリカ、カナダ、アイルランドなど)へ行けばキロ5000円以下だった。
※タックル代、交通費、宿泊費等を合計した金額をマグロの重量で割る。

アメリカのノースカロライナは150キロ前後が多かった。出船すれば5割以上の確率でヒットした。3日間の釣りで400キロ以上釣る人もいた。
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カナダのプリンスエドワード島はアベレージが300キロ以上もあり、1釣行で1トンを超える人も出た。これだとキロ500円である。
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どんどん釣れなくなる日本と違って、海外はどこも期待を裏切らなかった。ニュージーランドは毎年8月に4年連続で行き、200キロから400キロを31匹釣った。ノースカロライナは2011年から毎年3月に10年連続で行き、100匹以上キャッチした。カナダのプリンスエドワードも2011年から毎年8月と9月に行き、300キロオーバーを100匹以上キャッチした。海外では9割以上をリリースした。レギュレーションがあり、監視と罰則も厳しく複数キープは絶対にできない。それでも夢のような大物が釣れるので世界中から釣り人が押し寄せている。キャッチアンドリリースは資源を減らさずに換金できるという夢のような商売でもある。

そんな夢のような海外での釣りを経験するうちに日本の遊漁に対する疑問がどんどん湧いてきた。「釣れない」「小さい」などなど。レギュレーション、ライセンス制、スポーツフィッシング、キャッチアンドリリース、資源保護、海外のそんな取り組みを知れば知るほど、日本の問題がたくさん見えてきた。

そして2013年からクロマグロの資源保護活動を本格的に開始。
絶滅危惧種のクロマグロを守れ!」「産卵期は禁漁に!」

2013年から国内クロマグロ釣りにレギュレーションを設けた(茂木ツアー、SFPCメンバー)
1.シングルフックのバーブレスを使用
2.30キロ未満はリリース
3.1日1人1匹まで
4.6月と7月はマグロ釣りを自粛(これは2020年に解除)

2015年からクロマグロに関する会議やシンポジウムなどに片っ端から参加した。
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2015年から2018年まで4年連続水産庁前でデモをやった。1回目90人、2回目105人、3回目120人、4回目115人が参加した。
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参加者はニュージーランド、タイ、台湾、沖縄、九州、北海道などから集まった。全員が交通費等自腹。
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テレビ、新聞、雑誌など多くの取材を受けた。
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チラシは2万部。街頭で配ったり、釣具店に送ったりした。
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署名は13270人、コメント1228人分を農林水産大臣と水産庁長官に届けた。
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そして資源は回復へ(続く)



2021/09/06

連載1「クロマグロの一生」

日本人とクロマグロの関係は今から11,000年前の縄文時代初期まで遡ることができる。そんな昔から日本人はクロマグロを食していたのだ。


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クロマグロの寿命は25年くらいだが、そこまで生存できるのはごく一部。一番の天敵は人間である。




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2019年5月、国際水産資源研究所を訪問した。クロマグロなどの広域回遊魚の調査、研究を水産庁の委託を受けてやっている。



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クロマグロの研究に関して、最先端のお話を聞かせていただいた。



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これが標準サイズのアーカイバルタグ。内部にデータを蓄積できる電子タグの一種で1本19万円くらい。




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最近はさらに小型のアーカイバルタグも開発されている。これだと0歳魚、200グラムくらいのマグロに使うことができる。



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生まれて1~2年以内にかなりの個体がアメリカ西海岸まで移動する。西海岸で数年(3年前後)を過ごす。西海岸は餌となるサバやアジなどが豊富なのでクロマグロも食事に困らない。ただし、餌環境が良いのが原因なのか、近年は5年以上西海岸で過ごすクロマグロも増えている。

2018年までで1064本の電子タグがクロマグロに埋め込まれてリリースされた。そして2018年までに277本が再捕されている。なんと26パーセントも再捕されているのだ。これからもクロマグロのリリース後の生存率の高さがわかる。

さらに、アメリカ側からリリースされたクロマグロの再捕率は、日本側より高いというお話だった。



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成熟すると日本近海に戻り、その後は台湾、沖縄あたりから、東北、北海道、千島列島あたりまでを往復しながら成長し産卵を繰り返す。7年で100キロ、11年で200キロ、15年で300キロに達する。3歳で20パーセント、4歳で50パーセント、5歳で100パーセントが成熟する。卵の数は250キロくらいのマグロで1000万個くらいである。

産卵場は主に沖縄近海と、日本海の若狭湾周辺。24℃が産卵の適水温。産卵は一度で終わらず、数回に分けて行う。

クロマグロは低水温に強く、水温2℃でも心臓は動き続ける。キハダは7℃で心臓が停止する。



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クロマグロの仔魚を採取する。



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採取された仔魚。1週間で3ミリまで成長する。



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2019年7月に海洋生物の調査研究では世界トップクラスと言われているモントレーベイ水族館を表敬訪問する。中央の女性がパッカード館長。周りは研究者。左側は通訳をお願いした富田さん(シリコンバレー在住)。



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マグロ、カメ、クジラ、サメなど、多くの大型海洋動物の研究では世界最先端を行く。



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アメリカ西海岸で衛星タグを付けられたクロマグロの回遊経路。最後が北朝鮮と韓国の中間くらいの沖になっている。



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アメリカは日本より10年以上も前からタグによる調査を始めている。そのデータは莫大である。



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アメリカ西海岸沖でのクロマグロの釣果。アメリカのバッグリミットは1日1人2匹である。一つの船が1日に1トン以上釣ることもある。そして近年は大型化している。



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そして日本。2010年ごろから青森、九州まで遠征しても坊主で帰るのが当たり前だった。



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ところが2018年ころから目に見えて資源が回復。魚が減れば釣り人も減る。魚が増えれば釣り人も増える。



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釣り船もプレジャーボートも増え、旅館も予約でいっぱい、地元の居酒屋は毎日満員御礼となった。



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釣り人による生態調査も始まった。サイズを測り、電子タグを埋め込む。



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3年くらい前からリリースする人も増えている。資源が増えれば釣り人の気持ちも豊かになる。




20~25年で繁殖能力がなくなると、かなりの個体が赤道を通り越して南半球に移動する。ニュージーランド南島はそのクロマグロの終焉の場の一つである。

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ニュージーランドではホキの大型トロール船の周りにクロマグロが近づく。



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網からこぼれるホキをクロマグロが狙っているのだ。


アメリカの若い研究者ジョージ・シリンガーが2007年から2011年まで、毎年夏になると訪れて、釣り船に乗ってポップアップタグ(電子タグの一つ)を200本以上打ったが、日本に戻るクロマグロは1匹もいなかった。おそらくニュージーランド近海で一生を終えたのだろう。



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我々日本チームもニュージーランドで22匹のクロマグロにタグを打った。


2007年から2010年までニュージーランドにマグロ釣りに行ったのでこの若い研究者の話は聞いていた。餌の豊富な北大西洋で余生を過ごさず、環境の厳しい南半球で一生を終える。子孫たちと争いたくないのかもしれない。


その後、ジョージシリンガーに会うことはなかったが、彼が所属していたモントレーベイ水族館を表敬訪問をし、その後の研究結果などを教えていただいた。
https://tagagiant.blogspot.com/2008/08/new-zealand-giant-pacific-bluefin-tuna.html