2012/10/14

北欧巡りノルウェー・オスロ編その2

約1200年も昔に作られた本物のヴァイキング船、オーセバルク号。
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この船は二人の女性と一緒に埋葬されていた。このうち一人の女性はオーサ女王(ハーラル王の祖母?)という説が有力である。

発見場所が粘土質だったことで最良の状態で保存されていた。



北欧と言えばヴァイキングである。8世紀末からイギリスやフランスへ遠征して略奪を繰り返し、あちこちを征服していった。ヴァイキングはノース人(ノルウェー)、デーン人(デンマーク)、スヴェア人(スウェーデン)の3つに分けられる。あるヴァイキングはアイスランド、グリーンランド、そして今から1000年以上も前にアメリカ大陸に到着した。またあるヴァイキングはフランスを攻め、そこにノルマンディー公国を建てた。その勢いは止まらず、やがてイングランドも征服してノルマン朝を起こした。東部のヴァイキングはロシア北部を征服、その後は東ローマ帝国の首都コンスタンチノーブル(現在のイスタンブール)を包囲するまでに至った。さらにあるヴァイキングはジブラルタル海峡を抜けてイタリアにも遠征している。

造船技術と航海術と鍛冶工のレベルは当時世界でもっとも進んでいたらしい。竜骨(キール)を発明したのもヴァイキング。それによって外洋を渡りはるか遠くの土地まで行くことができるようになった。

最初はオーディンを最高神とする多神教だった。オーディンは知恵と戦争の神、すなわち勝利の神だ。最初に狙いを付けたのはキリスト教の修道院が多かった。修道院が狙われた理由は高価な物が多かったからだ。ところが11世紀ころからキリスト教が布教されていく。やがて修道院は狙わなくなった。

イングランド、ノルマンディー、シチリア、あるいは東方に向かったヴァイキングたちは、その地に根付き、王となり、貴族となり、初期のヴァイキングの自由、そして独立した精神が失われてしまったのである。13世紀までには、殆どのヴァイキングは消滅し、あるいはそれぞれの国・地域に同化していったのである。

ヴァイキングの歴史はここを参照
http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/uchida(05-1-30)



アーケシュフース城の続きです。ここでも乗ってました(笑)
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お城の裏から港へ下りた。
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ルアーマン発見!
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おっ!アトランティックサーモンだ!
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でも釣ったのはこのご機嫌なオジサン。
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餌釣りでした。
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そしていよいよ大本命のヴァイキング博物館。
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これは10世紀に作られたトォーネ号。
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他にゴークスタット号の計3つのヴァイキング船が展示されていた。いずれも重要人物と一緒に埋葬された。


日本語のガイドブック。即購入。
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展示物は少ないけど、見応えは充分だった。世界中で博物館巡りをしているけど、これは合格。
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続いてノルウェー民族博物館。
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とにかく広いです。ここまでで10キロ以上歩いてますが・・・

頑張るぞ~!


馬車もありました。
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乗ろうかなとさんざん悩んだよ。


スタッフが民族衣装を着てダンスを踊ってた。
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野外博物館にはノルウェー全土から集められた170棟もの古い建物が展示されてます。

これは1600年代の民家です。
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屋根の上には土が盛ってあり、草が生えてました。寒さをしのぐ当時の知恵でしょうね。
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草の生えた屋根の作り方

まず、6本の丸太で壁を造り、丸太を重ねる部分を山形に切り取り重ねる。屋根は白樺の皮を6枚重ねる。白樺の皮は油性で水を通さない上、昔は簡単に手に入ったからだ。白樺は、一度皮を剥いても8~9か月後にまた元に戻る。皮を剥くのは、春先の5~6月にかけてが良い。
釘を使うと穴があくので木の板でそれを抑え、その上に約15cmの厚さの土を乗せる。土を乗せることにより、屋根全体の重さで、山形の部分が下の丸太に食い込み、家がしっかり締まる。山形の空間の部分には苔を入れる。つまり土の重さが断熱材の役目をする。一度土をのせると約50年間はもった。
草は勝手に生えたもので、土の上に草が生えるという自然の法則だ。しかし勝手に生えた草でも効用がある。草は、根が生えることにより土が固定され、風邪で飛ばされたり、雨水によって土が流れるのを防ぐ。真夏日でも土の乾燥を防ぎ、1年を通して温度差の変化もあまりなく、防音の働きもした。

「ノルウェーフィヨルドの旅」 村上よしゆき著より


1200年ころに建てられたというゴル・ステイブ教会。キリスト教が入ってきた当時に土俗の建築様式で作られた教会である。
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かつてはノルウェーに1000棟以上建てられた。このころがノルウェー最盛期で以後徐々にデンマークの影響下に入っていく。

教会内部。細かい木造彫刻が素晴らしい。
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裏側から見た教会。
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俺には悪魔の住む屋敷に見えました(笑)


トロンハイムまであと3マイルという道案内?
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撮った理由は明日トロンハイムに行くので。


かなり立派な農家です。
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1650年から1700年の間に建てられた?
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どの農家の家にも中には囲炉裏があります。家全体を暖めるような造りでした。
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これはかなり古い?土の家です。
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でも中は暖かそうです。もしかしたらヴァイキング時代の家もこんな感じ?
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さらに敷地内には1800年代の街並みを再現したものもあった。一軒一軒中に入り、200年前のノルウェーに潜入したような気分でした。


そして入口に近い建物の中は現代に近い展示でした。


これはスカンジナビア半島の北部に居住する少数民族サーミ人。
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現在はロシアの一部、スカンジナビア半島の国(ノルウェー、スウェーデン、フィンランド)の4か国合わせておよそ35000人しかいないらしい。もともとは遊牧民族だったが現在ではほとんどの人が定住している。
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サーミ人に関してはここを参照
http://www2.incl.ne.jp/~komote/link3.htm


メチャクチャ広い野外博物館で2時間くらい歩いた。

いよいよ俺の足も限界がきたみたいであちこち痛い。


明日以降歩けなくなっても困るので(明後日から本番だし)、帰りは市バスに乗った。
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ヘロヘロの俺を見て、この家族が席を譲ってくれたよ。
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このお母さんの実姉は神戸に4年いたそうです。


行先は天井の電光掲示板を。目的地が一番下にきたら席に備え付けのストップボタンを押す。
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到着~やっぱりバスは楽ちんで便利♪
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ここで夕食と明日の朝食を買ってホテルに戻った。
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KIWIってニュージーランドの国鳥だったはず。繋がりあるのかな?



明日はトロンハイムです。中世はトロンハイムがノルウェーの首都でした。