連載2 太平洋クロマグロは増えているか(前編)

2021年09月14日08:00  資源保護 写真あり

漁業が無かった時代にどれだけ資源があったのかを科学機関が計算して弾き出した推定資源量のことを初期資源量と言う。太平洋クロマグロの成魚の初期資源量は推定65万トンである。その初期資源量だが長年続く乱獲が原因で2010年代には11,000トン(1.8パーセント)にまで減少する。資源管理先進国ならとうの昔に禁漁のレベルである。

日本のクロマグロ漁は縄文時代初期には始まっていた。おそらく湾内に入ってきたところを浅瀬に追い込んで銛で突き刺して獲っていたと思うが証拠はない。三陸海岸では今から5500年前の縄文時代中期の遺跡からクロマグロの骨が大量に出土している。その中には300キロを超すような大型の骨もたくさんあった。
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鉄もナイロンもエンジンも無い時代にたくさん獲れていたということは海が今よりもはるかに豊かだったのだろう。
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三陸海岸の縄文時代の遺跡は東日本大震災後に海抜30メートル前後のところで次々と発見された。おそらく縄文時代の人は津波が来ることを知っていたのだろう。
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三陸海岸はリアス式海岸となっていて入り江が多い複雑な地形となっている。資源が現在よりはるかに多かった縄文時代はこの入り江の中にまでクロマグロが入ってきたのだろう。
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これは唐津城に展示されていた江戸時代のマグロ漁。当時は岸近くを回遊するクロマグロも多く、このよう囲んで浅瀬に追い込む漁もあった。
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これは駿河湾の沼津のマグロ漁。明治40年ころもまだまだクロマグロは多かったらしい。
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日本漁業史(東大出版会)には明治30年ころから乱獲が進み、漁場は沿岸から沖合へ移っていったと書かれている。明治24年は520万貫(約2万トン)の漁獲があった。これは主にクロマグロとキハダの漁獲らしい。
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明治40年ころには動力付きの船が現れはじめ、さらに大型のまき網が現れるとクロマグロの資源は急激に減少していった。

1982年の日本海のまき網漁では、わずか18回の出漁、しかも山陰沖の一部だけで1637トンのクロマグロを水揚げしている。平均サイズも121キロと驚くことばかりだった。しかし5年も経たないうちに日本海からクロマグロはほとんど姿を消した。そして漁場は太平洋側へと移っていった。
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その太平洋もまき網の乱獲が進み、2000年代に入ると漁獲は急激に減少していき、2008年にはついに漁獲は0トンとなった。これは群れが見つからないので出漁そのものを取りやめたらしい。

そしてまき網は再び日本海側を狙い始める。その漁獲は2004年から一気に増えている。すると壱岐や萩のマグロ漁師の漁獲がどんどん減っていった。主要な産卵場でもあった八里ヶ瀬や七里ヶ曽根などをまき網が狙い撃ちした結果だった。

かつては東の大間、西の勝本(壱岐)と言われたが、まき網が日本海に現れるようになると壱岐の漁獲は急激に減っていった。
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和歌山の那智勝浦の延縄も2000年代に入り、漁獲は急激に減っていった。
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日本海側のまき網はほとんど境港に運んで水揚げする。その境港の成熟(大型)クロマグロの漁獲も減少していった。平均サイズも100キロ台から30キロ台にまで小型化した。
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まき網は産卵期を集中的に狙った。その理由は産卵期は群れが濃くなり、もっとも効率よく獲れるからだ。産卵行動中はさらにまとまるので最も簡単に巻くことができた。
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ただし、産卵期は一番美味しくない時期である。卵や白子に養分を取られるので脂は少ない。さらに血抜きも〆もしないので、身には血が残り、血栓が多かった。そのため数日で色変わりしてしまう。
市場ではまき網のクロマグロが並ぶ床はいつも血で真っ赤になった。
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まき網の漁獲は6月7月に集中するため、値崩れを起こし、さらにセリでは大半が売れ残る。このような資源の無駄遣いはいまだに続いている。
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産地の境港では2016年7月に安値キロ200円、平均単価キロ384円を記録した。

太平洋側のまき網は2008年には群れが見つからず漁獲は0トンとなった。その後、しばらく狙わなかったことが幸いして資源は回復へと転じる。
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日本海は2004年からまき網の漁獲が急激に増えていき、山陰から九州西沖は2010年ごろにはクロマグロはほとんど姿を消した。しかし2013年ごろに山形と新潟にかけての沖に3歳前後のマグロが集まる漁場を発見して、再び漁獲は増加するが、2015年から自主規制を開始する。最初1800トンとして、2018年から1500トンに自主規制している。

そして釣り人にとっては、2008年ころから青森や玄界灘へ行っても坊主で帰るのが当たり前の暗黒時代に突入した。

そんなとき、海外へ行く釣り人が現れた。日本で100キロのクロマグロを釣ろうと思えば数百万円以上かかる時代だった。釣りに使ったお金をキロ単価にすると軽く5万円以上になった。ところが海外(アメリカ、カナダ、アイルランドなど)へ行けばキロ5000円以下だった。
※タックル代、交通費、宿泊費等を合計した金額をマグロの重量で割る。

アメリカのノースカロライナは150キロ前後が多かった。出船すれば5割以上の確率でヒットした。3日間の釣りで400キロ以上釣る人もいた。
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カナダのプリンスエドワード島はアベレージが300キロ以上もあり、1釣行で1トンを超える人も出た。これだとキロ500円である。
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どんどん釣れなくなる日本と違って、海外はどこも期待を裏切らなかった。ニュージーランドは毎年8月に4年連続で行き、200キロから400キロを31匹釣った。ノースカロライナは2011年から毎年3月に10年連続で行き、100匹以上キャッチした。カナダのプリンスエドワードも2011年から毎年8月と9月に行き、300キロオーバーを100匹以上キャッチした。海外では9割以上をリリースした。レギュレーションがあり、監視と罰則も厳しく複数キープは絶対にできない。それでも夢のような大物が釣れるので世界中から釣り人が押し寄せている。キャッチアンドリリースは資源を減らさずに換金できるという夢のような商売でもある。

そんな夢のような海外での釣りを経験するうちに日本の遊漁に対する疑問がどんどん湧いてきた。「釣れない」「小さい」などなど。レギュレーション、ライセンス制、スポーツフィッシング、キャッチアンドリリース、資源保護、海外のそんな取り組みを知れば知るほど、日本の問題がたくさん見えてきた。

そして2013年からクロマグロの資源保護活動を本格的に開始。
絶滅危惧種のクロマグロを守れ!」「産卵期は禁漁に!」

2013年から国内クロマグロ釣りにレギュレーションを設けた(茂木ツアー、SFPCメンバー)
1.シングルフックのバーブレスを使用
2.30キロ未満はリリース
3.1日1人1匹まで
4.6月と7月はマグロ釣りを自粛(これは2020年に解除)

2015年からクロマグロに関する会議やシンポジウムなどに片っ端から参加した。
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2015年から2018年まで4年連続水産庁前でデモをやった。1回目90人、2回目105人、3回目120人、4回目115人が参加した。
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参加者はニュージーランド、タイ、台湾、沖縄、九州、北海道などから集まった。全員が交通費等自腹。
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テレビ、新聞、雑誌など多くの取材を受けた。
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チラシは2万部。街頭で配ったり、釣具店に送ったりした。
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署名は13270人、コメント1228人分を農林水産大臣と水産庁長官に届けた。
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そして資源は回復へ(続く)



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